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2018年4月23日 (月)

財務官僚の「ボケ」

 週刊新潮第二段を読んだ。
 国民は財務官僚らにつき
「勉強はできたか知らんけど馬鹿やなあ」
「組織としての対応が稚拙やなあ」
「セクハラ意識が低くて非常識やなあ」
で済ませてしまっている部分が
彼らなりの「ボケ」だいうことに気づかないといけないと思った。
 
  例えば

 「ホステスとの言葉遊びはしたことがある」
⇒ 一見迂闊で拙劣な自己弁護に見せかけ、
主目的はテープがガセでないと証明できるのか、
と相手を牽制


 「全部聞けばセクハラではない」
⇒クリアできるはずもない条件設定により
裁判長期化をほのめかし、さらなる暴発に保険


 「被害者は名乗り出て」
⇒できるもんならやって見ろ、
そんなことしたら必ず報復するからね、と
所属社の小心上司たちを静かに攻撃


 「関係弁護士への依頼」
⇒世間知らずの非常識対応に見せ、
主目的は名乗り出ることへののハードルを上げること




 前回ブログでも指摘したが、
そもそも福田氏が「週刊新潮を訴える」ことの狙い、
また首相らがそれを止めない理由は
<個人としての名誉云々(でんでん)は二の次で>
裁判により、その終結までの間、
政権への追撃をかわせるからだ。
 一方では、テレ朝会見があの時間になったのも
恐らく社内事情。
 政権や財務省に弓引くことへの反対者がいないはずはなく。
 他方では週刊新潮には「現場」の店の写真まで出ているので、
被害を訴えたのがどの社の誰かが分かるのは時間の問題だった。
 一見、他社にはなかなかできない正義の戦いを挑んだように見え、
内実は社員(やその上司)の(周到な???)「暴発」をうけ、
個人的保身や組織防衛上、
「攻め」に転じざるを得なくなったのかも知れない。


 案の定、財務省は「お話を伺いたい」との圧力をかけてきた。
 (全面戦争なら税務調査入れるぞ、みたいなメッセージ?)
 


 結局。
 悪いのは政治や官僚や財務省というのではなく、
「それらが明らかに私物化されている」ことではないか
という気がする。




 担当者や担当組織が
信頼に足るものだったのかどうか含め、
長い間、ベールにつつまれてきていた部分が可視化されつつあるのは、
大いに憂鬱だが、
知らされないままでいるよりはマシだったのかも知れない。

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