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2017年1月16日 (月)

2016年の読書

 (一応ベスト10)
 1 「新幹線を走らせた男 国鉄総裁・十河信二物語」 高橋団吉 deco
 2 「資本主義の終焉と歴史の危機」 水野和夫 集英社新書
 3 「宥座の器 グンゼ創業者・波多野鶴吉の生涯」 四方洋 あやべ市民新聞社
 4 「古都」 川端康成 新潮文庫
 5 「市場には心がない」 都留重人 岩波書店
 6 「マルクスの逆襲」 三田誠広 集英社新書
 7 「あの日」 小保方晴子 講談社
 8 「八日目の蝉」 角田光代 中公新書
 9 「USJを劇的に変えた たった1つの考え方」 森岡毅 角川書店
10 「見抜く力」 平井伯昌 幻冬舎新書
   以外に・・・「無戸籍の日本人」 井戸まさえ 集英社 
 

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2017年1月 9日 (月)

井戸と智樹のタスキリレー

 今年も箱根駅伝が終わった。
 
 個人的話題の最たるものは・・・12月初旬に大学を訪ねた際、相楽監督(部の後輩)に「井戸(浩貴)君と(太田)智樹君のタスキリレー頼むわ、だって俺”井戸智樹”だから:笑」と陳情しておいたのが・・・何とほんとに実現してしまったことだ。
 
 (早稲田の7区→8区)
 
 同じ名前の僕は、今にして思えば随分前から彼らの存在を知っていた。
 マイナーネームに加え、彼らが中学時代からとても強い選手だったからだ(太田君は全国中学チャンピオン、井戸君も駒大・中谷君や青学大・秋山君らと兵庫のTOPを争っていた)。
 
 特に播州(新宮町=現たつの市)出身の井戸君については、地元だけでなく色んな関係者から、「息子?」「隠し子?」などなどと尋ねられてきた。
 三年前の彼の初めての箱根の時には当時の野田総理(政経塾二年先輩) から、わざわざ「あれお前の子どもか?」と聞かれたくらいである(笑)。
 
 彼が(阪大にも合格したのに・・・)後輩になってから、一度食事をしたことがある。
 井戸君実家が僕の先祖の墓のすぐ側にあり、双方とも兵庫県知事の井戸敏三さんの遠縁らしい(うちの場合は先祖の実家どうしがはす向かい)、ということまでは分かった(笑)。
 
 ともあれ、このマイナー苗字×名前の組み合わせの後輩どうしが、テレビの中でタスキリレーする確率は一体どれくらい「ありえない」ことなのだろうか?
 
 ・・・今年の運を新春3日目にしてかなり使ってしまったかも知れない。
 
 
 
 報告会にて
 
170103shinsako
 (井戸浩貴君と当方家族)
170103otamama_2
 (太田智樹君と。実は井戸まさえ先生も自称100m12秒台 の元・陸上選手)
 
 
 
 さて、その箱根駅伝はご承知のように、青山学院の「圧勝」に終わった。
 
 早稲田は結局2位も守れず・・・わずかな見せ場は5区・安井君が下りに入り33秒まで青学を猛追した時、また青学7区・田村君のアクシデントに乗じ、井戸君(往路での負けを受けた”勝負手”=昨年区間賞の9区からこの区間へ)による、もしやの大逆転が期待されたシーンなど数えるくらいだった。
 
 最大の敗因は単純にピーキングのずれなのだろう。
 
 秋にものすごく調子がよく、それが正月まで持たなかったケースは僕らの時代(と言って説得力がなければ瀬古選手の時代)にもあった。
 10月末だかの高島平20キロでほとんどの選手が大幅自己新を出した!・・・のだが、本番で優勝した順天堂大学の選手の多くは、一枚上手であくまで正月ピークを意識し、ちんたらとはるか後方にいたものだ。
 
 今回の青学は決してチームとしての調子はよくなく、早稲田同様絶好調とはいえない区間があった(2・6・7・10区)。
 一方で、青学にはこりゃ調子ドンピシャや!と唸らされる区間が1・3・5・8と四つあり、それが早稲田にはなかった。
 
 
 以下、あまり言われていないことを中心に書けば。
 
 
 1)全日本では「先手必勝」で最終区まで青学を脅かすことができた早稲田だが、箱根でそれができないのは序盤の2区がエース区間だから。青学には2区にエースの一色君がいるので、早稲田もここをカバーすべく1・3区に強い選手を配した。
 
 そこで、まず痛かったのが1区の超スローペース。
 東洋大・服部君はトラックほど長い距離は飛び抜けていないにも関わらず、「格」的には誰も彼の前に出られない。
 妻(単身赴任中)宅がある蒲田(15キロ地点)で応援したが、集団はほぼダンゴの横一線・・・早くもこの時点で頭を抱えてしまった。
 
 で、あまり言われていないこと。
 実は各校にとって当てが外れたのは、飛ばし屋である「中央学院のハチマキ1年生」がここに出てこなかったことではなかっただろうか?
 出雲の1区、11月の上尾ハーフの前半をハイペースでぶっち切った「ハチマキ君」は今回の3区でも前半を大快走。
 彼さえ1区に来ていれば・・・ああした牽制はまず生じなかったはずだ。
 
 
 2)青学の1区・梶谷君は(1年生鈴木君=不調欠場と7区を走った田村君=風邪)の代役と言える選手。田村君の不調を知らない他校関係者のほとんどは、彼こそが1区に来る、青学は序盤から勝負を仕掛けてきたと想い、梶谷君のことは「どうせアテ馬だろう」としか考えていなかった。
 1・2区で一気に勝負つけられてしまう可能性が高い???
 ほとんどの学校は結局、「青学にそろえて」序盤から駒をつぎ込まざるを得ず、その分復路がものすごく手薄になった。
 しかし、実際には青学はそれをあざ笑うように後半勝負。
 復路朝に田村君7区・下田君8区と発表された時点で、早稲田の「勝負手」は「しのぎ手」以上のものではなくなってしまっていた。
 
 3)駅伝各区間の争いは「喧嘩」でもある。
 
 読みが外れたなら外れたで、早稲田としては1区で青学ニューフェイスを「潰しにかかる」ことが必要だった。
 が、そのことが判明したのは当日朝。
 「田村君に意地でもへばり着かねば先はない」という作戦を変更し、それを十分徹底するだけの時間はなかったかも知れない。
 結果はもちろん早稲田のエースが先着したが・・・相手を術中にはめた点、また「ドンピシャ」に加え、服部君の存在・「ハチマキ君」不在による「スローペース」の追い風が、強く青学側に吹くことになった。
 
 原監督の凄腕はこうした一連の駆け引きに加え、経験の少ない選手を思い切ってここに抜擢した点。
 通常の駅伝監督にはない「博才」と言っていい。
 スローペースの1区(=力や実績のある選手との差がそう開かない)を見てきっと、勝てる確率がかなり高くなったと感じていたことだろう。
 
 
 4)早稲田2区の永山君は数校に抜かれたが、それは全く最小限。
 一色君との差を1分以内に抑えたことも含め、むしろ大変よくやったのではないか?
 特に集団から遅れてからラスト3キロの登りをよく粘ったことを高く評価してあげるべきだ。
 
 2区68分台というのは全く平凡にしか見えないかも知れないが・・・山越えのハーフを62分で走り、かつラスト2・1キロの急坂を6分で登らないと出ない記録。
 他の区間とは全くレベルが違うのだから。
 
 (ちなみに、わが家でこういった話をある程度分かるのは長距離やってる5番目だけ:笑)
 
 
 5)早稲田3区の平君は名主将らしく、序盤から三校抜きの猛追。
 今回の早稲田の中で最も絶賛された選手の一人だ。
 が・・・状況的に止むを得なかったとはいえ、前半の5キロの下りで少し足を使い過ぎたかも知れない。
 結局、出場すら危ぶまれていた秋山君(一応5番目の大先輩!にあたる)にラスト3キロで24秒盛り返され、「格」から言えば当然取らなければいけない区間賞を持って行かれた。
 要は本当はもっとスゴい選手だと言いたい訳だが・・・この辺が「駅伝のアヤ」というものなのだろう。
 
 
 6)5区の登りで早稲田は青学に迫ったが、その差のほとんどは登り区間ではなく、下りに入ってからの差(56秒勝ったうちの46秒がココ!)。
 
 逆に6区では青学が早稲田に1分54秒の差をつけ優勝を事実上決定づけたが、下り区間のタイムは実は10秒しか違わない(早稲田6区の石田君にも下り適正はある!)。
 
 
 7)1区とは逆に、終盤の「喧嘩」で潰されてしまったのは早稲田8区の太田君だった。
 飛ばしても飛ばしてもどんどん離されていき・・・焦りからか完全にリズムを狂わされてしまった所に、最後5キロの登り坂。
 彼は11月に1年生ながらハーフを62分台(チーム4位)で走っていたのだが・・・4分という、ヨーイドンではまずありえない差がついてしまった。
 
 半分は自滅にピークアウト(今回の8-10区はやや意外な並びだったが、12月中旬の集中練習最後の10マイルで8名?が昨年TOPの中村君の記録を破ったらしく・・・恐らくはそれを評価されての抜擢だったと想われる)。
 
 で、残り半分はこの区間にマラソン2時間11分の選手を置ける青学がやはり強かった! てことだろう。
 
 
 8)出なかった選手では昨年6区の佐藤君、10区の藤原君ともに残念だった。
 特に佐藤君は最後なので何とか走らせてあげたかった。
 
 メンバーと遜色ない実力を持ちながら走れなかったもう1人は、1年生ホープの新迫君。
 高校駅伝を最高記録で圧勝した世羅の前・主将で、秋の全日本インカレ5千mでは平君・田村君・東海大の1年エース(今回1・2区)らに先着し、一色君とは0・7秒差4位!という実力者だ。
 報告会の後、「今回は初めからなかったの?」と聞くと、「少し故障してしまったので・・・」ということだった。
 
 が、実はもう一人、あまり言われていない選手がいる。
 車田君(2年)。チーム構成上実際に一番痛かったのは、春シーズン頑張った彼が、オーバワークでメンバー入りできなかったことだろう。
 (箱根回避し、今は2-3月の試合目指し別調整中ということなので、是非復活して欲しい!)
 
 
 ・・・みたいな「たら・れば」を言い出すと、それこそ切りがないのだが。
 後述二名中少なくとも一人を往路のスピード区間に配し、復路にもう一・二枚(例えば4区の鈴木君らを)残す(井戸君は9区)ことが、チームとしての理想だったかも知れない。
 
 (それだと「智樹井戸」もしくは「井戸だけ」になり、僕的にはちょっと値打ちが下がってしまう訳だけど・・・笑)。
 
 
170103shinsako_3
 (2番目・5番目と右・新迫君)
 
 ちなみに(陸上やってる)5番目はこうした選手たちと会えることの「恐れ多さ」を唯一きちんと理解しており・・・終始超ガチガチ:笑!
 
 左の選手、三千障害専門の大木君は今回山登りの控えだったが、「登りだけなら安井さんにも結構つけました」とのこと。
 
 期待してるぞ! 

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