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2009年4月30日 (木)

GW突入

 GW突入。

 国道2号など、神戸の上り線が物凄い混雑だと思ったら・・・正体は阪神高速(1000円乗り放題圏外)を避けた「高速道路難民」たちであった。

 女房の活動も各地域で24回の「本音トーク」が終了し、ひと段落ついた所だが。時期が時期であることには変わりなく・・・わが家は今年は「地元中心」の日程である。

 25日:家かたづけ

 26日:兵庫リレーカーニバル→新旧小学校長を囲む会(パパレンジャー)

 29日:野球当番(3番目)→六甲山+有馬温泉(4・5番目)

 30日:ユーミン・コンサートin会社のビル(女房)

  2日:灘高文化祭(勝谷誠彦講演会:笑)→伊丹空港着陸ポイント(4・5番目)

  3日:リゾ鳴尾浜(3-5番目)、寮生活をする1番目が帰宅(6日まで)

  4日:だんじり(3-5番目)→姫路実家への送り出し(3・4番目2泊:5番目8泊)

  5日:8ヶ月ぶりの完全空白日

  6日:屋上芝の手入れ

  8日:早大競走部関西OB飲み会

  9・10日:女房手伝いに復帰?

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2009年4月23日 (木)

憲法改正(?)論

 自民党が憲法改正の前提となる「憲法審査会」の開催を急いでいるという。

 すでに07年5月には「国民投票法」が成立しており、同8月には衆参両院に「憲法審査会」が設置されているのだが、同法の公布後3年間は改憲案の提出、審査を凍結するということになっていた。

 言い換えれば、今国会で「憲法審査会規定」を議決することができれば、10年5月には同会による「改正?案」の提出が可能になるということらしい。

 北朝鮮の「ミサイル」による国防への関心の高まりをチャンスと捉えた「焼け太り作戦」であることに加え、護憲派、改憲派が入り混じる民主党への揺さぶりという意図もあるのだろう。

 結論から言えば僕は、憲法改正自体は憲法規定に乗っ取ってやればいいが、それが9条の改正?を意味するなら極力慎重であるべきだ、と思っている。

 理由は以下。

 ①   国際的な経済交流・相互依存関係ができている現在、攻撃を受ける可能性があるとすれば北朝鮮のみ。経済関係に加え、多数のビジネスマン・留学生などが双方にいる中国が戦争を仕掛けてくることなどまずあり得ない。

   もちろん近隣諸国とも領土上の争いのような懸念材料がない訳ではない(尖閣列島・竹島・北方領土)。が、それは外交上の課題。そういった意味でも外交をもっとしっかりやらないといけない。

 ②   北朝鮮が実際に攻めてくる可能性はないとは言えないが、その可能性も低い。北といえども合理的な判断ができる国であり、また日本の各都市にも多くの北朝鮮関係者に加え世界中の人々が住んでいるため、本当に何かやるなら世界を敵に回す覚悟が必要である。

      従って、万一の時があるとすれば、その時が今の北の体制が滅びる時になる。日本に攻撃力がなくともものの半日かからずに制圧は可能だろう。今回の議長声明を見ても分かるように、国際社会の目は厳しい。(国連決議に消極的だった)中国やロシアにとっても、最終的には対日関係が対北関係の何倍も重要なものであることは明白だ。

 ③    その基本となるのはもちろん、日米同盟。自民党の片山元大臣が何かの番組   で話していたが、日米は「盾と矛」の形での役割分担だ。自衛隊という形の「盾」さえしっかりしておけば、報復は米軍その他に任せればよい。

   かといって、ただ米国の方針に追従するだけでは駄目。自衛隊をイラクに送り込んだことは明らかな大失敗だった。自衛隊の海外派遣は国連決議があった時のみに限定するという民主党の主張に賛成であり、今の海賊問題についても当然「国会の事前承認」は要ると思う。

 ④ ロシアの脅威がなくなったとはいえ、まだ日本の周辺に物騒な国があることは事実。だから自衛隊の存在は止むをえない。しかし、憲法9条の理想主義は日本が再び軍事大国化しないための歯止めとして重要である。

  平和主義の理想をきちんと掲げつつ、やむない現実に合わせて対応しようという姿勢には恥ずべき点は全くない。

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2009年4月22日 (水)

「お上」不信

 「お上」、とりわけ検察や司法に対する不信感が、小沢代表への「国策捜査」をきっかけとして静かに国民の中に広がっているようだ。

 先日の「サンデープロジェクト」では「冤罪特集」をやっていたし、昨日、和歌山カレー事件の死刑判決が出たが、直接証拠なしの判決に対し、「推定無罪の原則」に反するという主張がかなり大きく取り上げられていた。

 国民・行政・政治家はいわば「グー・チョキ・パー」の関係にあり、お互いに強い相手とそうでない相手がいる。だが、検察や司法はそれらとは全く別次元にある(=その分しっかりと公正な仕事をしている)と想われてきた存在だ。そんな 「お上」の実態を、ちょっといかがわしいものかもと国民が感じ始めているなら、とても大きな進歩だと思う。

 メディアは当分、その存在意義をかけて、この間「御用機関」的存在に堕して来たことへ埋め合わせ期間に入るのだろう。世論にも一定の揺れ戻しが出、「お上」が国民がひれ伏すべき絶対的存在でも何でもないことが少しずつ、常識化していくといい。

 

 さて、今の民主党はいわゆる「小沢批判」をすれば「空中分解」をささやかれ、団結志向で何も言わないと「いくじなし」扱いされる、何とももどかしい感じになっている。

 小沢代表は「なぜやめないのか」を次回の選挙で民主党を支持しよう(自民党にNOをつきつけよう)と思ってきた国民に対し、きちん説明すべきだと思うが。

 自分なら次の3点から「自民党の陰謀説=ニコニコ笑っているあの人こそが本当のワル」であることが『想像できる』。だからこそ徹底抗戦するのだと言う。

 第1に、警察トップを副官房長官にもってくるという異例の人事である。なぜこんな人事がおこなわれたのか・・・官僚TOPになろうという人(あるいは組織)なら、その背景にある「メッセージ」を『忖度』できないはずがない。

 第2に、秘書逮捕前に数回に渡り、のべ3時間以上に渡って「漆間+首相の密談」が行われている。

 第3に、その本人が「自民には捜査は及ばず」という趣旨のオフレコ発言をしたことを絶対にウヤムヤにしない。

 「政治とカネ」に関し問題を抱える議員は自民党の方が圧倒的に多いにもかかわらず、なぜこんなことが言えたのか? 少なくとも情報が官邸に入っていたからであり、実際、以降の「捜査」はその通りに進んでいる。

 で、これを短く言い換えれば(小沢代表が発言しているように)真実がはっきりするまで辞める訳にはいかない、ということになるのだが・・・そこには残念ながら「国民も一緒に戦ってくれ」といった形でのメッセージがない。

 そんな話を小沢さんに近い関係者にしてみたのだが・・・「それは誰もが想像している話。だが、不確かなことはなかなか追求できない」ということだった。

 にせメール事件で懲りてるような面はあるのかも知れないが・・・本当に(国民の)「誰も」が気づいている話なのだろうか?・・・「業界常識」と国民の意識の間には小さくないギャップがあるように思う。

 「業界常識」で省略されてしまっている言葉は実際の所、少なくない。例えば「政治に金が必要」って話についても、秘書10人で年間1億、事務所3つでまた1億・・・ってきちんと説明すればいいのである。

 そのあたりを業界ノリで「きちんと説明しなくても分かってくれてる」と考えてしまうのは、果たしていかがなものか、という気がする。

 「お上」不信に関し加えてもう1つ、あまり言われていないことを書く。

 昨今の「漢検バッシング」はなぜ起こったのだろうか?

 実は、漢検の元・副理事長(息子の方)は僕の友人であり、僕はもともと彼らを「地味な中味(漢字・検定)を題材にここまでの事業をやっている、知恵者のベンチャー・ビジネスマン」だとレスペクトしてきた。

 もちろん彼らにも反省すべき要素はある。

 今回のように視点が変わり「公益事業と私の関係」で語られると、「そう言われればそういう見方も成り立つよね」と遅まきながら気づかされる部分があったし、ファミリービジネスにして、あまりにも大きなお金を手に入れていたことへの驚きもあった。

 にしても・・・突然、こんな騒ぎが巻き起こったのはなぜなのか?

 彼ら以上に利益を出している公益法人もある(例:大相撲協会)し、中心人物や関係企業に金や仕事を回している所なんて、それこそいくつもあるはずである。

 常識的な説は、漢字ブーム・検定ブームがあまりにも巨大なものになり過ぎたことである。

 で、そこに登場したのが「漢字が読めない総理」(笑)。

 今は周辺の「配慮」により失敗は少ない(ある週刊誌が写した原稿には「優れた」という字にまでふりがなが打ってあった:笑)が、「漢字ブーム」のさなかに彼が登場したことにより、「合わせ技一本」で「漢字をめぐる話題」がメインストリーム的なものとして注目を集めることになってしまった。

 多くの人が「漢検協会って何ぞや?」「誰がやってるの?」と思い、結果として「出る杭は打たれる」ような事態になった。

 一方では、昨今の「お上」不信の文脈で、次のような「あったかも知れない説」がささやかれている。

 麻生さんの差し金ではないとことを信じたい(笑)が・・・麻生さんの気持ちを『忖度』し「漢字なんて大したことないブーム」を作ろうとした奴がいたかも知れない、という(ちょっと笑える)話が1つ。

 もう1つは文部科学省からの天下りを拒否してきたことが、今回の摘発?の発端となった。少なくとも天下りを受け入れておればこんなことにはならなかっただろう、という指摘である。

 天下り説の後半については恐らく、その通りなのであろう。

 別に今さら大久保氏を弁護できるとは思わないが・・・今回の話を裏返せば、「文部省の介入なぞ受けたくない」ことをもっと明確にし、公益法人格など取得しなけれればよかった、というだけ話だったのかも知れない。

 心から、再起を期待する。

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2009年4月13日 (月)

緊急経済対策比較

 日曜日、女房陣営に兵庫1区の先輩・石井一氏、前日土曜日には前原誠司氏(女房の松下政経塾先輩・・・で、私からは一応後輩)が応援に。

  党の副代表に2日連続で来てもらえるのだから、ホント贅沢な話である。

 特に前原氏は翌朝が「報道2001」(?)出演のため東京にトンボ帰り。またとって返して昼から宝塚市長選応援のため兵庫入りという酷なスケジュールであったが、そんなことはオクビにも出さず、マイク握りっぱなし・・・感心すると同時に感謝感謝であった。

 (後日談:その2日後、6ヶ国協議関係の会談をワシントンでやっているのをNEWSで見て、さらにひっくり返った)

 さて、そんな前原氏の奮闘をよそに(?)、日曜の朝、僕は寝床で「報道2001」(?)を見ていた。

 民主と自民の「緊急経済対策比較」が主なテーマだったが、多分、前原氏の説得力の方が石原のぶてる氏を上回っていたように思う。

 だがまだ、ほとんどの国民は両者の経済政策の違いをあまり理解できていないだろう。

 (両副代表からの情報・意見ではなく、単なる私見だが)だいたい次のようなことではないかと思っているので、簡単に書いておく。

 ①「両者とも似たり寄ったりの政策だ」と言う人がいるが、麻生さんの「経済政策」の正体は民主のマニフェスト+各国の経済対策 を下敷きに、官僚に考えさせたものだろう。多数の「有識者」からもヒアリングをしていたが、その本当の意味は官僚頼りの目くらまし&霞ヶ関の調整がつくまでの時間かせぎだった・・・という説もある。だから似ているのはある意味当然だが、自民のはよくも悪くも「(官僚が)今まで通りの枠組みの中で何とかできる」ような内容になっている。

 ②例えば「高速道路無料化」や「子育て手当て」。

 経済効果で見れば、高速道路は「千円よりは無料」「期限なし」「車種やETCの搭載の有無関係なし」の民主案の方が高いに決まっている。だが、財政にかかる負担は「休日千円」なら「千円×利用者数」と「従来の休日の料金収入」の差(2千億円?)が財政上のマイナスになるだけである。言い替えればここまでの範囲なら(政治家よりも偉い)財務省も妥協可能であった、ということなのであろう。

 ③「子育て手当て」についても民主案のコピーだが、ちらっと数字を見るだけでは自民案の方が充実しているような錯覚を覚えさせる。霞ヶ関の秀才が考えそうなマジック(?)であり、そういうのの一端に国民が触れるいい機会と言えるだろう。きちんと見れば誰にでも、その「規模」が全く違うことは分かる。しかし、きちんと見ない分にはなかなか分からない・・・という例のヤツ(笑)である。

 自民案は「毎年」3万6千円、民主案は「毎月」2万6千円・・・年間に直せば実は27万円も民主案の方が多い。期間についても民主案は「期限なし」で「高校入学まで」。自民案は「期限つき」で「小学校入学まで」・・・だから自民案では小学生以上の子育て支援はゼロである。子育て支援に対する本気度は民主の方がはるかに高い。が、その分、財政支出も多くなる。

 このようなメリット&デメリットをどう考えるのかというのが、国民が判断すべき所の「政策上の違い」ということになる。

 ④こういった一連の風景を悪く言えば、末期状態にある政権が国民の目を欺く術に長けた官僚たちを使い、なり振り構わぬ「パクリ」と「ゴマカシ」の世界に走っているということだろう。が、良く言えば「それでも」民主案を中心に国の政策が大きく変更されようとしているということでもある。ある意味では麻生さんのお陰で、政権奪取時の「本格実施」のための障壁は限りなく低くなった。

 いずれにせよ、「似ている」こと以上に、この辺りの違いや印象と実質の間にあるカラクリを伝え、どちらの政策が国民にとってプラスになるかを「あなた自身が判断すべし」と伝えることが、これから何ヶ月間か、メディアに課せられる大きな役割ということになろう。

 ⑤もちろん、さすがに秀才たちの総力に「有識者」のアイデアをまぜ込んだだけあって、自民案に見るべきのもが全くない、ということはない。

 例えば将来の環境やエネルギーに関し、民主党は太陽光発電に力を入れているようだが、本当の成果が出るのは何年も先かも知れない。緊急性という点では「エコ・カー」や「プラズマTV」への補助を通し、日本の基幹産業である所の車や家電メーカー助けようという自民案にも一理ある(実施までの買い控えが出るからマイナスという声もあるし、好調時に傲慢きわまりない振舞いをしてきた企業やTOPを「税」で下支えするのは、いささか癪に障る面もあるのだが・・・)。

 では、両者の決定的な違いとは何か?

 財源をどうするか・・・である。

 ⑥民主が考えているのは予算を根本的に組み替え、

 →省庁別にブラックボックスに入っている予算を横断的に、通常の組織がやっているような「人件費」いくら「施設費」いくらといった誰が見ても分かるものに変える

 →既存事業に15%でシーリングをかける

 →既存事業のうち85%を継続し、残り15%で新規施策実施費を捻出する

 といったことである。

 ⑦対して自民は結局、既得権益には全く踏み込めない。

 「最大の財政支出」15兆円は結局将来世代へのツケで賄われる。出口はもちろん消費税等の増税である。

 やがて政権政党でなくなる可能性が高いのだから、中期的には今の自民党はなくなってしまうのだから・・・といった無責任な開き直りの空気すら感じてしまう。

 当方としては総選挙がいつになろうともいっこうに構わないのだが。

 是非、政治とカネの話、北朝鮮政策の話と合わせ、こういった違いを「国民が判断する」ような内容のものになってもらいたいと思う。

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2009年4月 9日 (木)

安保につき、考えさせられた1週間

 (起)北朝鮮ミサイル発射

 北朝鮮に対し、僕はこれまでできるだけ太陽政策をと考えてきた方だったが・・・どうやらあの国はもう救いようがない彼方に行ってしまったようだ。

 あの「実験」が人工衛星による国威発揚だけでなく、ミサイルの性能を試し、また「核」によって世界と取引きすることを目指すものだったのは明白である。

 今や弱小国にとって「核」の所有は、最も低コストで政治的譲歩を獲得できる方法になりつつある。この間の北朝鮮の振る舞いを許すことは、世界の多くの小国が「核」所有を考えることにつながり、地球はそれこそ「核」だらけになりかねないだろう。

 ただでさえ、技術は北朝鮮「でも」持てるくらいに一般化してきてしまっている。特に国家ではなく「テロ」組織がそれを所有することになったなら、とてもやっかいな問題だろう。

 重大な岐路である。

 民主党が与党案に賛成したことを社民党(福島さん)が非難したという記事が出ていたが・・・今回の事件に対し、日本が毅然とした態度で臨んだことは間違いではなかったと思う。

 あわせて国内的には、今回の事件をきっかけに「相手がああである以上、自分の国はある程度まで自分たちで守らざるを得ない」といった点についてのコンセンサスが国民の中にできたのではないだろうか。

 (承)オバマのプラハ演説

 オバマはやはりただ者ではない。

 このような重大な分岐点に際し、プラハで「核なき社会」を唱える歴史的・・・かも知れない演説をした。

 これに対して、各国からは当然前向きな声と、そうとは言えない意見が出されている。

 「全ての各保有国が核不拡散条約(NPT)の加盟国に核の先制不使用を宣言すべき。そうすればNPT加盟国の実益が高まり不拡散体制が強化できる」といった話が前者の例。

 後者は「アメリカは通常兵器の近代化が進んでいるからそんなことを言える。そうでない国の安全保障のためには核兵器の放棄は困難」といった話だ。

 物騒な国がごく近くにあり、かつ唯一の被爆国でもある日本はもっと積極的に意見を言い、オバマを支えてやるべきだろう。

 さきほど「コンセンサス」の話をしたが、ここまでの話について異論がある国民はそう多くないのではないかと思う。たとえ国内で政権交代があろうとも、現状の方向が大きく変わることはないはずである。

 (転)イラク戦争の大失敗確定

 だとすれば、残る国内議論の中心は集団的自衛権の行使に関するものになる。

 そもそも、もともとの日本に想定できた「集団的自衛権の行使」は、もっぱら対・北朝鮮に関するものであった。が、小泉さんの時に、北朝鮮有事の際のことを考えればブッシュについて行く以外ない、といった感じになった。

 今・・・北朝鮮はあるが、ブッシュはもういない。

 オバマがイラクからの撤退を明言しており、英国軍も先週撤退した。

 イラク戦争、ならびにブッシュへの歴史的評価は確定した。

 この大失敗につき、「SIGHT」誌上で元・首相秘書官の江田憲司氏は次のように語っている。

 「イラク戦争なんて国際的な大犯罪だと思いますよ。だって”あいつが武器持ってて危険そうだ”って殺してみたら武器がない。たとえ武器を持っていたとしても、それはまず捕まえて裁判にかけるのが普通なのにいきなり殺しちゃった。しかも、殺しちゃったらその武器がなかった。それは殺した奴が犯罪者でしょう、真っ当な法治国家なら。そんな当たり前のことが何で分からないのか。そんなものに賛成した政治家は、懺悔して辞めるべきだと思いますよ。」

 (結)自衛隊イラク派遣の総括が必要

 江田氏「有事法制には賛成だが、集団的自衛権行使は反対」という立場から、次のようにも語っている。

 「若手官僚の頃は集団的自衛権を行使して普通の国になれと思っていたが、官邸に入って今の政治家の軍事的ガバナビリティのなさ、自衛隊のオペレーション能力のなさなどを実態的に知ってしまった。百歩譲って集団的自衛権の行使を認めるとしても、今の段階で米軍とともに戦うなんてことはとてもできない。一緒に戦うと言っても米軍に忌避されるだけである。インド洋の油の供給だって、政府レベルはともかく、世界の人からはほとんど認識されていない。今さら日本が軍事的に貢献して、他の200国近い国連加盟国と同じことをやったって限界効用もない。日本の得手の分野でしっかり世界に貢献するべきである。」

 イラク問題につき、アメリカでは厳しく政治家の責任を問うた(=オバマの選挙)けれども、日本ではイラクの総括もされず、全く責任も問われていない。

 全くもってこれはどうなのか?

 今も北朝鮮はあるが、ブッシュはもういない。代わって「イラク戦争は失敗」との立場のオバマが出てきたものの、一方の日本では「核所有を考えるべし」と発言した自民党高官がいたとかいないとか。酒場では「日本も”衛星”を打ち上げ、それがたまたま北朝鮮の発射台に当たったことにすればいい」、みたいな話すら語られるようになっている。

 「自衛隊をイラクに派遣するための特措法は憲法との関係で”非戦闘地域に派遣する”などと色々条件をつけており、無理やり理屈づけして”こういう場合だけは自衛隊を派遣してもいい”とした。が、現実の活動場所が非戦闘地域であるはずはなく、その前提が崩れ、憲法違反状態になった。」

 民主党関係者では例えば菅直人氏が、著書中のインタビューで自衛隊イラク派遣をそう総括している。

 (追伸)

 「週刊現代」で重村教授が「今の金正日はダミー」説を展開しているが、僕もその通りだと思っている・・・だってじぇんじぇん顔が違うもの(笑)。

 少なくとも金正日には、①やさしい顔の「いいおじさん正日」(視察などに参加、重要会談等には出ない:メガネ着用)、②「強面正日」(今回の国民集会?に出ていた人物:大抵はサングラス使用)、③小泉会談に出てきた今は亡き?「真・正日?」の三種類がいる。

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