レームダック外交
「外交の麻生」がヒラリー・クリントンを東京に迎え、サハリンではロシアのメドベージェフ大統領と会い、また昨夜はワシントンでオバマと会見した。
ほとんどのメディアは、オバマが招いた初の海外要人が日本の首相であり、クリントンの初の遊説先も日本だったことを「日米関係重視」の証というふうに解釈しているようだ。
だが、それはどうだろうか?
これらの「栄誉」が、「外交」で最後の挽回を期したい首相、もしくは安全保障などの米国関係の継続を図りたい役人たちの「ゴリ押し」で実現したことは、全く想像に難くない。
「自民が政権を持っているうちに言質をとっておかないと、以降の“カネ”や“思いやり”が保障できなくなる。だから、何が何でも会ってくれ」みたいな、露骨な下交渉があったと見るのが普通ではないだろうか?
相手側からすれば、外交には「レームダック(死に体)政権からは成果を引き出しやすい」という鉄則がある。
死にかけた親の枕元で、耳をそばだてて言葉を取る・・・遺言争奪戦のようなものである。
それを知りつつ一連の作業を強力に推進した「内向官」は、もしかしたらとんでもない国賊ということになるかも知れない。
麻生さんは多分今頃、「会ってやったことと引き換えに」資金援助やアフガニスタンへの協力を約束させられていることだろう。
「レームダックの遺言」は例えば、メドベージェフとの北方領土問題である。
麻生氏は思いつきか、これぞ自分なりのリーダーシップと勘違いしてか、何と「2島だ4島だと言ってたら埒があかない。政治決着しかない」みたいなことまで言った。
これは外交的には「4島でなくても妥協の用意がある」というカードを進んで投げ出したに等しく、政治決着の行方=「3島」「面積で割る」+「日本からの資金援助」というようなことにしかならない。
一体これまでの「4島一括返還」の主張は何だったのだろうか?
ロシアはまるで、遺産として残る土地をどうするか、死にかけた老人の枕元で聞き耳をたてていた子どもみたいに、ニンマリしていることだろう。
その後、クリントンは(戦略基地だか、資源目当てだかは知らぬが)日本の次にインドネシアを訪ね、ここまでを「オープン戦」扱いにして中国に向かった。
一方で、「レームダックの遺言」を期待してのクリントン来日に、小沢さんは冷淡だった。
「いくらアフガニスタンに兵を出しても勝てやしないよ(国連決議なしには協力できないよ)」と言い残してクリントンとの会談に臨み、実際の席上でも「パートナーシップは対等でなければいけない」ということを、はっきり意思表示した。
これまで民主党が外交面で取り上げられることはあまりなかったが、こうやって貫くところを貫き通していくということは、当然ながらとても大事なことだし、でなければ本当の意味での首脳間の信頼関係なんて築けないんだろうな、と思った。
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