2009年6月29日 (月)

そのまんま東国原劇場?

 自民党選対委員長?の古賀氏と東国原宮崎県知事(以下、東氏)の面会が話題になった。

 まずどちらの側がこの件の「仕掛け人」かは、この種の密談にわざわざメディアを呼び押せたのがどちら陣営だったか、を探れば容易に分かることである(ただの突発的な訪問だったなら、TVカメラがあんなに集まる訳がない)。

 仮にそれが古賀氏の側だったとすれば、断られる可能性があればメディア(=国民)の前で大恥をかき、選挙の行方や自らの政治生命にすら関わることになる。

 もしくは、打診快諾によって自民党に勢いをつけようとしていたのなら、確約に近いものがあったにも関わらず「梯子を外された」か「高く売られた」ということにしかならない。

 なのでまず、そんなことは考え辛い。

 東氏にすれば、やんわりお断りするだけなら、自分が恋焦がれる相手への失礼を考えれば、古賀さんと会うのに、わざわざメディアを呼ぶ必要はない。

 従って、一連の行動は絶対に確信犯である。

 さて、ちなみに東氏は僕の出身のW大競走部とも決して遠くない人物である。また、同世代的にもそういった闘いを応援したい心情もある。

 一方で、私の妻は民主党。

 なので一方的にいい悪いを論じるつもりはないのだが。

 東氏の心中を「そのまんま」に察すれば・・・単純にもう「宮崎ではやれない(あるいは宮崎は嫌い)」、「東京に出たい」もしくは「もっと偉くなりたい」と思っているんだろうな。

 だから、民主党・鳩山代表の「任務放棄は県民への裏切り」というコメントは的確だった。

 恐らくその前には「無所属で当選しておきながら、自民党に売り込むなんて」「地方主権を唄いながら、その大きな権限&注目知事としてのポジションを自民党ポストと引き換えにしようとするなんて」といった言葉が省略されているのだろう。

 もちろん、東氏や橋下氏らの行動は単なる私益からのものだけではない、と僕も思う。

 そういった行動を起こし、すでに「地方主権」をマニフェストの柱の1つにする民主党だけでなく、自民党をも揺さぶれば、その実現はより近いものになる。

 ただ、「知事会でどちらの政党を応援するかをはっきりさせるべき」というのは多分、全くできない相談だ。

 知事には基本的に自民党から出馬している人の方が多い。なので、まともに投票すれば全体で自民党が「知事会としての支持」ということになる可能性が低くない。

 しかし、同様に多いのは「国政と地方政治は別」と主張してきたいわゆる相乗り知事たちである。

  一方には当然、拮抗した第3勢力として、非自民から出ている人々がいる。また他方には、自民から出たにも関わらずこれを機に自民に見切りをつけて「勝ち馬(民主)に鞍替え」を狙っている人々がいたりする。

 ちなみに、橋下氏の政治的立場は恐らく最後のパターン。逆に東氏はそのスキ間をぬい、「無所属から自民へ」の鞍替えを企てているということだろう。

 このあたりの違いは政策や政治的立場以上に、それぞれの地方事情(府県議や支援者たちとの関係)や「巨人と阪神どっちが好き?」といった、嗜好に関わるものに近いもののような気がする。

 ともあれ、一方的?に採決でもしようものなら知事会は大混乱になるし、会の存在意義すら失いかねない事態になる。

 だから、一本化なんて話はそもそもにおいて無理。

 東・橋下の両氏ともそんなことは先刻承知の上でよく言えば蛮勇、色眼鏡的には私益に走っている、と見ることができる。

 いずれにせよ。

 見逃すべきでないのは、東氏の「総理・総裁をやらせろ」という発言が、かなり熟慮を重ねた、一世一代のものだったという点だ。

 もし彼がメディアを呼び、かつこういった「捨ててはおけない」と思う発言をしなかったなら、絶対にここまでの大騒動にはなってないからである。

 この発言により東氏は、公的には自民党や地方主権への注目を引きつけた。

 また、私的には(知事会決議含めて)自民への風を吹かせようとしたことをお土産に自らを「高く売る」・・・もとい自らの「価値を高める」ことに成功した。

 しかも、最後の最後には「やんわりお断り」の冗談ですわと逃げられる、といった保険(笑)まできちんとかけてある。

 「お前もワルじゃのう」・・・と言う前に、その行動が「地方主権」の駒を一歩進めたことは確かであり、また東氏が決して「ただの元・コメディアン」ではないことも垣間見えた。

 今回の東劇場の真相を「そのまんま」に見れば、まあ大体そんな感じだが。

 彼がサミットに並ぶ将来像を本当に見たいかどうかは、最終的には国民が決めればいい、というだけのことであったりもするのである。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年6月24日 (水)

長い長い言い訳(汗)

 この2週間ほどは割に忙しい日々だった。

 まず、先々週に歴史街道推進協議会の総会があった。

 自分が実務責任者だった時代と較べると、事業成果は1-2割、これからやろうとしている内容もお粗末。

 当時からの事業が次々と朽ち果てていく中、例えば前者では、昨年度に実施した目新しい事業は実質、「阪神間美術館ナビ」だけであった。

 (http://www.rekishikaido.gr.jp/ → 歴史街道の見所 → 阪神間美術館博物館ナビ)

 しかもこの事業も、僕が国の予算をとってきて、何とか実現したものであったりする。

 当日は09年から11年までの中期計画(第6期計画)も承認されたのだが、何回か前の日記に書いたような現状なので、この内容も実にお寒い限り。

 80年代後半からの「マスタープラン」「マスタースケジュール」「第1-5期計画」は全て僕が執筆し、また今回の数倍の労力と情熱をかけ丹念に各団体と調整してきたもので、当然もっと中味があった・・・というのが、自惚れであることをむしろ望みたいが、にしてもよくあんなチンケな中味にクレームがつかなかったものである。

 関係者全体の「温度」が下がってしまっているから、としか言いようがない(ちなみに今回の僕の執筆分は4分の1程度)。

 もう完全に、事業不振→信用低下→資金不足→さらなる事業不振→・・・ という悪循環に陥ってしまっている訳だが。

 こうなってしまった最大の原因であり、挽回していく上での問題は組織の上層に席を設けられた爺たちが、何もしなかったり、個人の趣味や出身社への利益誘導ふくめた見当違いの采配を振るうだけで財政貢献=ほぼ「ゼロ」、だという点である。

 自分が実務責任を担ってきた時代には年間最低でも2千万円くらいを自らの役職的ノルマに、ファンドレイジングをおこなってきたものだ。財政面でもそうした「血」の入れ替えを常にやってきたからこそ、不況時など含め、組織の命脈が曲りなりに20年以上も保たれてきたのである。

 それが「ゼロ」になってしまっているのだから、財政が傾いてくるのは当然。

 このままでは悪循環というか「負のスパイラル」が延々と繰り返されていく雲行きである。

 で、好き放題やっている現在の責任者(もうじき70歳)にそういった点を指摘したら、「大将は金集めなどしないもの」だってさ(嘲笑)。

 ここを好き放題の老後が送れ、収入が確保できる「天下り先」だと想っていたのに、財政難からそれがかなっていないことを、むしろ「どうしてくれる?」とでも言いたげで・・・問題外とはまさにこのこと、呆れてモノが言えない。

 はっきり言えば彼らの最大の誤算は、この計画をゼロから立ち上げてきた僕が20年を機に他の分野への転身を図ったり、癇癪を起こしてやめたりしなかったということだ。

 僕がそうしなかった理由は、第1に「植民地化政策」と闘わなければ、この少なくとも関西の宝といえるプロジェクトがとんでもないことになってしまうと考えたから。要するに「天下り」への反発や阻止は、完全に意図してやっていることである。

 第2には健康問題・・・その最大の敵は「ストレス」や「エキサイト」であったりする(笑)。

 もちろん、体のことがあり、僕は今、以前ほどの頑張りはできない。だから、こんな下らない「人事介入」を契機にここまで無茶苦茶なことになってしまった事業の推進責任を、再び背負いたいとはちっとも思っていない。はっきり言えば、今程度の忙しさで十分だ。

 また、20年を超えて、こういった仕事の最前線を1人の人間が務めるのがいいということも全く考えていない。だから、一歩下がって後進の育成をすることには全く異存はない。

 ・・・でも、なんぼ何でも、その「後進」が「天下り感覚の70歳」じゃね。

 だが。

 さはさりとて、報酬を受け取っている以上、自分の守備範囲については良心に従い、きちんとこなさなければいけない。

 ・・・と言うことで、総会終了後については企業まわりや(予算獲得に向けた)各種の申請モノに取り組んだ。

 地道な企業まわり(政治家で言う支援お願い)では、この間、自分が担当する10社ほど(関経連、大阪商工会議所、神戸商工会議所、大阪21世紀協会、関西電力、大阪ガス、電通、西日本高速、サントリー、アサヒビール・・・)を回った。

 また、国等の予算を取ってくるために検討中のものが今のところ、年間6分野。

 この間には、うち1本の申請書(まあ懸賞論文みたいなもの)を各方面との調整含めて提出した。

 一方では先月出していた「広域地方計画先導事業」の採択が先週に決定したので、国との調整、各方面への報告、初回会合の設定などをおこなった。

 その内容は、関西空港を起点に「百舌鳥古墳群(5C)-飛鳥(6-7C)-法隆寺(同)-奈良(8C)-京都・大津(8-16世紀)-大阪・神戸(宿泊拠点)-姫路城(16-19世紀)」という「オール世界文化遺産(暫定リスト段階のもの2地区含)を時系列に結んだ国際観光ルート」を作るというもの。

 これが日本国内で「国際観光ルート」を作るとした場合の、最高の素材の1つであることは間違いなく、今回の審査員はなかなか御目が高かった。

 (民主党政権が誕生した場合どうかだが:汗)3年間の予算継続があるということなので、2年目はこのルートでの事業充実を図りながら、関西のもう1つの世界文化遺産である紀伊半島の計画を作る(国内観光・熟練者=マニア向け)。3年目には同様に北近畿や琵琶湖など関西北東部の広域計画を、国内+関西圏内観光向けに作っていく。

 この3つのパズルを組み合わせることにより、関西の広域地方圏計画の観光・地域振興分野を「俯瞰しただけのお絵かき」から、血が通った「広域の実践プラン」に昇華していく。

 これまで23年間で何十もの分野の国の予算を獲得してきたが、もしかすると今回のが一番ワクワクする、嬉しい採択だったかも知れない。

 この件については別に、先述した内部的事情も関連している。

 「歴史街道」のメインルート(伊勢ー飛鳥ー奈良ー京都ー大阪ー神戸)を「フォーリーブス」とすれば、今回の提案は(似ているようで少し違う)「SMAP」。

 今は、フォーリーブスが踊れなくなって来ており、またマネージャーが無能であるため、再生される見込みはきわめて低い現状だ。

 (多くの主体に300億円?も出資させ、また個人としては20年もかけてやってきたものを、本当にヒドイ話である)

 「座して死を待つ」・・・そんな雰囲気の中での今回の採択は、とりあえず「フォーリーブスの足しになるような形で」SMAPを育成。取りあえずバックダンサーで踊らせてみる、といった話でもある。

 歌に専念したフォーリーブスが再生(延命?)すればそれはそれでよし。しかし、フォーリーブスがいよいよ声まで出なくなり、もしその時にSMAPに人気があるなら、主力商品が差し替えられるよう「セーフティ・ネット」を敷いて置く、といった意味合いである。

 フォーリーブス育成で培った技術・ノウハウはもちろん、全てSMAPに活かせる。逆に「あそこでもう少しこうしておれば」という部分についても、同種のミスを繰り返さないですむ。

 爺どもも、せめてファンドレイジングやこういった組織の存続・発展プランを示してから、今までやってきたことに口をはさむようにしてもらいたい。

 (でないと、まともなスタッフが着いて行く訳がない)

 老人にももちろん立派な人はいるが・・・普通、馬鹿老人や茶坊主爺がいつまでも幅を利かせ、好き勝手に一番えばっているような家や地域が明るいものだったり、活性化していくハズはない。

 はっきり言えば関西は、そのザイズをちょっと大きくしたような現状だ。

 誠にお粗末・・・と、あえて声を大にして言っておこう。

 話戻。

 しかしまあ、さはさりとて、こういった仕事面だけなら、忙しいのも知れている。

 世の中にはもっと忙しい人も一杯いるはずだ。

 ただ、自分の場合、実はこの間、急に仕事とは直接の関係がなく、原稿用紙100枚分くらいの論文?を執筆せざるをえなくなってしまった。

 (昨日完成)

 また、私生活では女房の政治活動関係がいよいよ風雲急を告げてきた。

 最終の制作物作成や、党との政策調整なぞをやらねばならない。

 一方で、5人の子どもの世話がある。

 この間には父母面談3人分(うち1人は遠方)、運動会が1回2人分、遠足2回2人分、選挙によって生じる「空白期間」に備えた散髪2名分、ついでに「ぎょう虫検査」が1件(笑)・・・などなどあった。

 習い事の送り迎えや、PTA系のつきあいもまだ続いている。

 (県知事選に伴う休戦のため、この間には女房に多少の余裕があったのが救いであった:汗)。

 他方では、医者通いが続いており、この間に3度。

 加えてこの間、かつて理事長をしていた芦屋のマンションに、何とか買い手がついた。

 契約、残品処分、お世話になった方々への挨拶、下2名との「最後のお泊り会」みたいなこともやった。

 ので・・・長い間、日記を更新するに至りませんでした。

 (長い長い言い訳)

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2009年6月11日 (木)

二歩王子

 ミゴト(6歳)は今、水泳・体操・空手・ラグビーと合わせ、藤内棋士(内藤國男さんの唯一の内弟子)から将棋を習っているのだが。

 教室を紹介してくれた、日経新聞O氏(パパレンジャー=小学校の父親の会仲間)よりメールがあった。

 ミゴトは教室で「二歩王子」という称号をつけてもらったらしい。

 自分より弱い相手を選んで勝負する眼力はすごいけれども、二歩を打って負けてしまうことからとか。

 言い得て妙、というかミゴトな称号・・・どうも有難うございます。

 幸せな坊主です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 8日 (月)

本人は夢中だからいいけど・・・

 どこかの老齢の野球解説者が言っていた。

 「野球選手の家はね、本人も大変だけど奥さんがもっと大変。本人は自分のことで夢中だからいいけど・・・王さんとこも、長島さんとこも、それに星野のとこも、みんな奥さんの方が先に亡くなってるでしょ」。

 おおおっ・・・それは政治家の家にも言えるかもだぞ。

 家族が出しゃばるような選挙はロクなもんじゃない・・・というのをいいコトに、僕はそれほど女房の活動を手伝っている訳ではない。

 がしかし・・・今回も来た。

 右足の炎症。

 6年前の初めての選挙の時に、足の甲の小さな傷から雑菌が入り、以降も疲れがたまって来ると突然、歩くことはおろか、立つことすらできないような痛みがやって来るのだが。

 今回が2年ぶり3回目、甲子園なら立派な常連校である。

 前回は会社横の住友病院で皮膚科に回されたのだが、今回は何とか会社までたどり着いたものの、用事が片付かず、初診受付(午前中)に間に合わなかった。

 で、翌日また・・・ということだったのだが、今回に関しては「そろそろ」痛風が疑われたのと、松葉杖なしには数メートル歩くのも無理って状態だったので、以前からちょっと行って見たかった近所のK内科を訪ねてみることにした。

 「ちょっと行ってみたかった」というのは、実はK先生はスポーツ医学(特にマラソン・駅伝選手のケア)の第一人者でもあり、ついでの話として自分自身のマラソン後遺症の有無や、1年半前の大病(腹部大動脈瘤破裂)以降、どの程度の運動ならOKかについて聞いてみたかったのである。

 で、タクシーで2回通院。

 3日ほどで痛み自体はウソのようになくなった。

 のだが。

 問題は運動不足解消+マラソンの後遺症?の方の話で。

 まず血液検査の結果、懸念された痛風や糖尿はなく、肝臓や肺も悪くはなかった。

 で、軽くなら走ってもいいかどうかを見るために、念のため血圧を測ってみたところ・・・「188」(家に帰って測り直したら208なんてのもあった)。

 レントゲンを撮ったら、大動脈が普通の人より蛇行しているのが映っており、心電図もとってみたら・・・「狭心症の入口」?との診断であった。

 「入口って手前にいるんですかね。それとも中に入ってるんですかね?」と聞いたら、「中です」だって。

 で、走ることはおろか、何とニトログリセリンを常時持たされるハメになってしまった(汗)。

 まっ、一度大病をして三途の川を踏んでいるので、死ぬことのイメージは常に持っているし、別にもう全く怖くはない。

 選挙や子どもたちを育てることはそれなりの激務だが、社会的な闘いや家族のために命を削るならまだ本望だ。

 それと、陸上やったことにも別に後悔や恨みは全くない。

 だけど、くれぐれも仕事で財界爺やB級C級サラリーマン相手に、アホみたいなことで揉めたり「切れたり」することがないようにしなければいけない。

 命かけてまで相手しなきゃいけない輩たちではないからね。

 ってなことで・・・暫く日記を書かないうちに、僕は人知れず節制生活な日々を始めていたのであった。

 ちなみに、女房事務所では最も激務をこなしていた「S2等兵」が一昨日、39度の熱でダウン。

 本人は夢中だからいいけど・・・体力があるのか気力があるのか、「39度」と「血圧200」、2名の尊い殉死者の屍を乗り越え、ラストスパートへの準備は着々と整えられているようなのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (7)

2009年5月22日 (金)

「パンデミック」な足音

 八王子での発症が明らかになり、首都圏はじめとして、どんどん追随組が出てきた。
 
 見てみぬふりをしていた地域が多かったことが容易に予想される。

 京都とかもそうだが・・・特に観光地などではやはり皆、村八分にされるのが恐かったのだろう。

 政府の「水際対策」の大失敗は明らかであった。
 
 潜伏期間の問題とあわせ、アメリカ・メキシコ路線以外を無視してしまった点が致命的であった。

 周辺国での流行もあったし、アメリカやメキシコからどこかの都市を経由し日本に来ることはなんぼでもできる訳で・・・あまりにもお粗末なミスであった。

 震災経験がある神戸は多分、キチンと情報公開し危機管理しただけ。

 神戸含む初期の2-3例だけでなく、多くの都市にもすでに感染はあったのだろう。

 八王子→川崎ルートもそうだが・・・まだ、感染の恐れがある学生中心にしか調べてないから、若者ばかりが判明しているが、本当はどうだろうか?

 少なくとも、たかだか「バレーボールの交流戦」で感染するものが、「リムジンやJRに一緒に乗る程度では感染しない」なんて考えるのは無理である。

 わが町ながら・・・神戸の対応はそれなりに立派であり、国はまたしてもロクな役に立たなかった。

 本当の疫病だったなら、今頃どうなっているのだろうか?

 ことココに至っても、国は依然として「兵庫・大阪」の局地的問題としてのスタンスを崩していない。

 事態があのまま推移したなら、なんでもかんでも神戸や関西のせいにしちゃえという印象すらあった。

 2日ほど前の神戸新聞の片隅に「震災復興協力をした台湾から大量のマスク」という記事があったのだが・・・他人の不幸扱いだったわが国政府と較べ、こういった話の方がずっと温かく、有難いものに感じたことも付記しておく。

| | コメント (2) | トラックバック (13)

2009年5月18日 (月)

新型インフルエンザの現場?より

 週末は民主党党首選に加え、東2キロに住む鴻池副官房長官の辞任、また西3キロにある神戸高校で新型インフルエンザ・国内感染の「第1号」が発見されるなど、周辺がとてもあわただしい日々であった。

 特に新型インフルエンザの「震源地」扱いをされている神戸市東灘区・灘区・中央区(これがそのまま妻が代表を務めている兵庫第1区)が今、本当はどんな感じなのか?

 15日(金)夜から18日(月)朝までの「現場」をレポートしてみたい。

 

 <15日(金)夜>

 東灘区の小学校校長教頭会+PTA役員の懇親会があり「サプライズ出演」。

 1年間われらが後任として区会長校&市副会長校を務められたH小学校の正副会長(K女史・T女史・O女史)に対し、OBのY氏(現在S中学校PTA会長)、I氏(同・MM中学校PTA会長)ともに、台本にない「花束プレゼンター」になったのである。

 会にはPTAがある14校の校長・教頭が全て出席しており、また夕方時点で「神戸に感染容疑者発見」が伝えられていたのだが・・・まさか翌朝からあんなに大騒ぎになるとは。

 <15日(金)深夜>

 「2次会に来て」ときれいなお母さんたちから懇願されたが、Y氏・I氏とともに辞退。

 なぜかと言うと、30人ほどしか入れない店なのでOBまで来ると「あぶれる」人が出てきてしまうため。で、「終盤に席が開いたら連絡して」ってことにして、別の(もっとうまい店で:笑)Y氏・I氏と食事。

 が、ほどなく、1番きれいなお母さんから「開いてるから入れるよ」という誘惑が入った。

 今年はえらい逃げ足が速いなあ・・・なぞといいつつ、23時に合流。

 その時点ですでに(いつもは1番になって飲んでいる:笑)校長・教頭の姿が1人もなかった・・・ということは、実はここまでの時間に「緊急事態指令」がなされた可能性が高い。

 しかし、自分たちには何の問題意識もなく・・・飲みに飲んで、1時半頃帰宅。

 <16日(土)早朝>

 「朝の活動」に参加する前の妻がやって来て、「学校&保育所が1週間休みになった」と一報をくれる。

 「この週末行事は全て中止?」「1週間一体どうする?」と思いながら、NEWSを見るが、以上の情報はなし。

 が、今にして思えば、この最短時間での市・県の決断は正解だった。

 震災の教訓を持つ地域だからこその英断であり、あれがなければ多分、今頃はもっとひどい状態になってしまっていたことだろう。

 <16日(土)午前>

 「野球試合中止」「ラグビー練習中止」「空手稽古中止」・・・子どもたちの習い事中止の報が次々に入る。

 が、この段階での対応はまだ団体ごとでバラバラ。この日の午前中はU小学校で航空財団?か何かのイベント(パラシュート、気球体験)に出かけることになっていたので、マスク購入がてら下3人と自転車で出かける。外を歩いている人はやはり多くなく、かといってマスクをしている人も1-2割?。マスクを買うのは楽勝。

 U小イベントは多分中止だろう・・・と思ってたら、やっていた。予想来場者に比べ、来ているのは半分くらい? 知り合いのお母さん3名、うちマスク着用は1名で、「帰りに買っとこか」と言った人1名だったので・・・皆こういった感じのノリの対応だったと思われる。

 中止連絡がなかった午後からの子どもたちの習い事(プール、体操、将棋)に連絡を取ると、「様子をみながらですが今日はやります」とのこと。

 <16日(土)昼>

 子どもたちと昼食に。大型スーパーに近い場所だったからか、いつもより混んでいる感じ。1週間分(7日×3食×今いる子どもだけで4人)の買出しをせねばいけないことに気づく。

 子どもたちを習い事の場所(プール)に連れて行き、野球がなくなった3番目にしばらく面倒を見させることにして一時帰宅。民主党党首選を見ていると、マスゾエさんに画面が切り替わり「感染確定」との報が。

 しかし、対応は基本的に神戸市・兵庫県任せ・・・というのが政府見解であった。学校名を公表するかどうかもプライバシーの問題があり地方一任とか。

 <16日(土)午後>

 3番目から下2人を引き取るため、再びプールへ。ロビーでNEWSを見ていたら「学生が通ってた学校」が画面に。

 地域一番校で旧い公立校なので、見る人が見ればすぐに分かる・・・「神戸高校」である。「おいおい、神戸高校かよ」とロビーでも気づいた人の声。しかも学年や「バレーボール部」まで公開されれば、個人名なぞ簡単に特定できてしまう。

 この学生の場合、たまたま優秀な(?)医者にかかったから判明しただけで、渡航歴のない国内感染者が出たという時点で、この学生が(「発見第1号」だったかも知れないが)絶対に「感染第1号」ではない。

 なぜ、感染が相当に広がっていることをまともに想像しようとしないのか?

 1人の何の罪もない若者が「第一号」として、個人名が特定され一生の傷を負うような感じになっている。

 そんなことをしていては、様子がおかしくても医者にかからない人が増えるだけではないか、と想った。

 <16日(土)夜>

 民主党内にも対策本部ができたらしく、妻が事務局長に。

 会議等での発言の参考にしてもらうべく、自分からの情報や感想を伝える。

 妻が帰宅時に買出しして来てくれたが、1人ではせいぜい20食分が限度。スーパーでは「冷凍モノを買ってく人が多く」、町では「マクドのドライブスルーがすごい人」だったらしい。

 民主党関係者、県の担当者、NHKからの取材協力要請など、妻の電話が鳴り続ける・・・。

 <17日(日)朝>

 この段階までに全ての行事や習い事から、中止連絡が入った。

 NEWSを見ていると、「神戸市の様子」と称して「ウソではないが、誇張され過ぎ」と思われる映像が入る。実際には、マスクをしているのはせいぜい半分以下。

 関西への修学旅行が中止等の報も次々入る。関西の観光業界はこれにより、相当大きなダメージを受けざるを得ないだろう。

 にしても・・・感染者が「高校ルート」や「バレーボール・ルート」にとどまらず、ある程度不特定多数に及んでいることが容易に予測できるにもかかわらず、なぜ政府・行政・メディアはそんな「少数特定ネタ」を解明することばかりに夢中になっているのだろうか?

 <17日(午前から昼)>

 子どもたちに7日分の「ドリル」を買いに行かせる。年長いなせにはひらがな、1年生みごとには2ケタの計算&漢字。5年生けいじろうにはあえて今、「漢検」を受けさせることにする。

 妻関係ふくめ、休日予定が全て飛んでしまったので、久しぶりにゆっくりと「サンプロ」等のテレビ番組を見る。午前中にはバレーボール・ルートで「兵庫高校」、昼過ぎには地理的にも接触関係がない「関西大倉高校」での大量感染が発覚した。

 感染が都道府県域を超えた時点で、何らかの国、あるいは関西圏組織(=危機管理を共同でやろうという方向ではなかったのか?)からのメッセージが要った。

 もはや遅きに失したが、最後の予防策としてはここで(学校だけでなく)「職場等のグループで1割以上の体調不良者がいる場合はすぐ申し出る」、「全国各地とも37度以上の熱がある人はすぐ保健所へ」、「該当地区住民の出勤・出張はできる限り自粛し自宅から電話で仕事すべし」といったメッセージを出すべきだった。

 <17日(午後)>

 中学校の先生が臨時の家庭訪問・・・いやはや大変なことである。小学校も全戸ポスティングとか。保育所については特に小さいお子さんを抱えるシングルマザーの方からの悲鳴が聞こえる。「高砂高校」等での感染が伝えられ、もう「どうにも止まらない」感が出始める。

 専門家と称する人がテレビ情報で「かかったとしても、ほとんどの人には大したことない」ということを言っているものの、政府としての知見はなし。一方で「水際で完全に防ぐことが無理なのは世界的常識」といったことを言うヤツが表れる。

 麻生さんはここで「危機管理ポイント」を稼ぎたかったのだろうが・・・だとすれば、「万一、国内感染者が出た場合」に(地域にその時に考えろ、というのではなく)「全国標準方針」を決めておくべきだったろう。

 繰り返しになるが、渡航歴がない日本人が感染した時点で、神戸高校やバレーボールはもちろん、特定区・神戸などを問題にする段階ではなかったのである。そして「関西大倉高校」という最後の、しかし2回目のチャンスもあった。

 このまま何のメッセージもないまま週が明ければ、出勤する人は大阪なら大阪に出勤するし、職場には滋賀の人も和歌山の人もいる。

 出張予定がある人は東京なら東京に出向かざるをえないであろう。

 <17日(夕方)>

 市役所にいる市議より妻に連絡あり。「診察を求める人が多くて、もはや対応できない状態」とのこと。この日までに相談数が4千近くあり、うち230人が受診したが、ベッドは54しかないとか。先取りして「重症者は入院」「軽症なら自宅治療」と言う方針を採らざるをえないだろう、ということらしかった。

 震災体験がある神戸は「国まかせではダメ」だということを痛いほど知っている。

 あの時のDNAが揺り動かされている感であり、すでに明らかな「蔓延状態」。

 にもかかわらず、国はなぜ「宣言」を出さないのだろうか?

 <17日(夜)>

 子どもたちと食事に出る(なんぼ何でもずっと家にいろなんて無理じゃ)。

 どこの家も同じで・・・案の定、店は満員。

 震災DNAはここでも生きている。人々は落ち着いており、割り切ってもいる。「かかったらかかったで別にもうええわ」・・・等々の冗談が飛び交う。

 NEWSでは大阪府・橋下知事が「早く政府知見を」と要請したとか。

 <18日(朝ー昼)>

 どうやら妻が上京し、民主党党本部のヒアリングに出ることになったようだ。

 一方で、昼には「重症患者以外は自宅待機で」という報道がなされ、神戸での相談数や受診数が明らかにされた。

 朝の通勤時に見た神戸の町は、相変わらず落ち着いており。何事もないみたい・・・とは言わないが、テレビが大袈裟に切り取った情報とはやはり少しの違和感。

 東灘区の町なかのマスク着用率は4割? だが、中央区・灘区方面の電車からは7割くらいのマスク着用者が降りてきた。電車の乗車数はいつもの7割くらい?

 大阪市内の着用率2割、職場は1割・・・しかし「感染地」からの自分に対し、そこはかとない「差別の目(?)」「警戒感(?)」のようなものを感じないでもない。

 オレだって子どもたちほって、会社になんか来たくなかったさ。

 あと、お前らだって出張したら、関西からって言うだけでもっとひどい目で見られるんだよーだ。

 ということで・・・今回の「騒動」がどう決着するのかはまだ分からない。

 希望的予測として「もともと新型だが大したことないインフルエンザ」で、相当数の人がその影響をこうむったが、気づいた頃には沈静化されていた・・・ってことになるのを望むが。

 少なくとも、①「水際対策」が十分機能しなかった、

 ②「水際対策」に失敗した場合の確固たる対応方針を持っていなかった、

 ③その結果、事実上の蔓延状態であったにもかかわらず特定の感染経路探しをおこない、その間に蔓延を確定させてしまった、

 といった点には「危機管理上のお粗末さ」を指摘されても仕方ない。

 これが本当の「疫病」なら、大変なこと(になった?)。

 震災の時同様、政府は初動時点での対応に明らかに失敗しており、リーダーシップのようなものも一切、現地では感じられなかった。

 加えて言えば、④たまたま優秀な?医者にかかったばっかりに、「唯一の感染源」扱いされ、学校・学年・所属クラブまで発表されてしまった「神戸高校」A君に心から同情する。

 政府や行政が対応ミスを認めたくないことと引き換えに、ものすごい心の傷が一生残ってしまう訳だし、もしこれが自分の子だったら・・・なんてことを考える。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2009年5月15日 (金)

糞民僚の引退

3年前まで、歴史街道計画がきわめて順調に推進されてきていたことは、多くの関係者が知る事実である。

歴史空間、世界へ発信(95年)http://www.mskj.or.jp/chinika/9504cnk2rekisi.html

松下幸之助、最後の提言 - 歴史街道計画(06)

http://research.php.co.jp/kenkyu/report/pdf/k_kenkyu/0610_02.pdf

   歴史街道推進協議会HP     http://www.rekishikaido.gr.jp/ 

それが今では事業の推進はどう見ても、全盛期の2割程度。

人員はむしろ増えているので、生産性が5分の1以下に減少した感じがする。

私が一線を退いて以来の3年間で起こっているのは、例えば以下のようなことである。

①事業費半減

②参画地域4分の1減少

③「歴史街道モデル事業」(50の歴史的地域における整備保全事業)実質上の終了

③海外広報事業(海外50都市で関西&日本文化紹介イベントを実施)休止

④北京事務所閉鎖

⑤テレビ番組「歴史街道ロマンへの扉」(15年・3800回放送)終了

⑥東京駅展示。新幹線車内誌「ひととき」の連載終了

⑦年間報道件数が全盛期の5%程度に

関係者はこれらを「不況のせい」ということにしようとしているが、実際にその影響があったのは⑤くらいであって、例えば①は「リーマン・ショック」が起こる以前の07年度ですら、対05年比で48%のマイナスである。

どうやらこの計画も「事業不振→期待・信用低下→資金獲得困難→さらなる事業不振→さらなる期待・信用の低下→さらなる・・・」という悪魔のスパイラルに巻き込まれてしまいつつあるようだ。

さて、3年前、この計画にさんざんな介入をおこない、今日の悲劇に至るきっかけを作った「偉大なるイエスマン」「関西を代表する糞民僚」阿呆山羊が引退することになったらしい。

 露骨な保身、面従腹背や辻褄あわせ、同僚ライバルの排除による組織内での生き残りを繰り返してきた御仁であり、今日の「関西の凋落」を引き起こしてきたA級戦犯の1人である。

私たちの計画もその被害者の1つであるが・・・問題はもちろん、彼個人・私個人のことなぞに留まるものではない。                           

国・自治体や各組織から、歴史街道計画に投じられた資金はすでに、協議会の歳入となったものだけでも30億円近くにおよぶ。

また、各種の整備・宣伝事業に関連する投資額はゆうにその10倍を超えるのである。

今の立場の範囲で衰退・消滅を食い止めるのは当然だが・・・引退の今であればこそ、万一の際の(訴訟や賠償ふくめた)「責任追及」の矛先の1つが、彼(ら?)に向けられざるを得なくなることをはっきりと記録しておかねばなるまい。 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年5月12日 (火)

潮目

 50歳になってずいぶん心象風景が変わったのは、60代の人をあながち他人とは思えなくなってきたことである。

 昨日、(こないだまでははるかな年長であった所の)三木たかしが「たった」64で亡くなったのだが。

 なんだか40台の頃の、人生も完全に折り返し点過ぎたよね・・・という感じから、自分に残された時間があと数千日とかでも、別に不思議ではないなという風に感じるようになってきてしまった。

 (だから大人しくしていようと思うか、だからこそ若い頃以上にヤンチャに生きてやろうと思うか・・・は別)

 一方で昨日は、大学で同時代を過ごした「成功者」、小室(哲哉)氏・新田氏(野球部・奈良産業大元監督=湯舟氏の恩師)に厳しい判断が下った日でもあった。

 多くの人の人生も、50を過ぎればその「潮目」が大きく変化し始めていくようだ。

 

 なんてことを考えていたら・・・なんと夕方、小沢代表の辞任発表があった。

 僕は13日の党首討論が「その日」ではないか、と密かに想っていたのだけれど。

 以前から書いていたように、法的に問題はなくても、世間的にはそうでないことというのはままある、と言うか、その方がはるかに多い。

 「法的に問題がない」というだけではなかなか「説明責任を果たした」とは見なされない、というのは全くその通り。

 しかし、小沢代表は当然、そんなことは先刻承知の上で、相手が検察であり、民主主義を守る闘いであったからこそ「法を犯したか否か」にあれだけ拘ったのだろう。

 (そういった点が多くの人に正しく理解されるに至らなかったのは少し残念に思う)

 で、最終的には一連の流れを受け入れられた訳だが。

 辞めるタイミングとして小沢代表が見ていたのは、恐らく自身や「説明」に対する支持率云々ではないのだろう。

 この間、凝視していたのは、

 ①政策的には「自民党が(民主党がすでにほとんどを公表しているマニフェストに対し)どんな対案を出して来るか」

 ②政局的には「補正予算案(自民案)の提出後、自民党の支持率が上がるかどうか」

 また、党内組織的には③「分裂の危機にまで至らないかどうか」

  - といったことではなかったかと想う。

 もちろん、特に重要なのは①の「政策=国民の生活」。

 小沢代表は自民案の内容が「借金を積み上げるバラマキ」と「企業献金や世襲」に一線を引けないものだったことを確認し、(いわば相手にカードを出させた上で)それらを次期衆院選の争点にすべく、辞める決断をしたのではないだろうか。

 政策としての相違点を単純化すれば、様々な「セーフティ・ネット」を敷いていくとして、その財源を「ムダ遣いの排除」「官僚制度との戦い」に求めるのか、「消費増税+孫&子どもたちへのツケ」「官僚制度の温存(焼け太り)」で賄うのか。

 「政治とカネ」の問題では、「企業献金や世襲の禁止」にまで踏み切れるか否か。

 この間、実は政策的には完全に「責任政党」のポジションが入れ替わっており、そういったあたりの「争点」をより明確化することを、辞任を通して目指したのだろう。


 さて、民主党のこれからのことだが。

 第1に、今、名前が挙がっている人たちの中からなら誰が代表になってもいいし、代表選についても、別にやってもやらなくても大勢に影響はないと思う。

 幸いにして新代表候補と言われる人たちはそもそも「何が何でも権力を握りたい」という人ではなく、しかも全員が「再起組」である。

 そもそも「権力主義者」なら、わざわざ野党になるという選択肢を採る訳がなく、そう言った意味で1つの大きなフィルターがかかっている。各人にそれなりの組織的実績もあり、一方で政策的にはそもそも「マニフェスト」という縛り、というか「党」としての合意がとっくになされている。

 そういったあたりは、一党独裁の中で派閥間による「擬似政権交代」を繰り返してきた自民党的ノリでは絶対に推し量れない点であろう。

 第2に、民主党は小沢さんをきちんと遇すべきだし、「対・官僚」という点においてはその影響力をきちんと温存しておいてもらわなければ困る。

 第3に、当然のことだが、「検察(や、もしかするとそれを動かした麻生政権)との闘い」は徹底してやっていくべきである。

 2009年5月11日。

 その日をもって今回の衆院選の・・・というか、もしかしたら戦後政治や日本史そのものに関する「潮目」は大きく変わったのかも知れない。
 
 勇気ある、賢明な決断に心から敬意を表したいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年4月30日 (木)

GW突入

 GW突入。

 国道2号など、神戸の上り線が物凄い混雑だと思ったら・・・正体は阪神高速(1000円乗り放題圏外)を避けた「高速道路難民」たちであった。

 女房の活動も各地域で24回の「本音トーク」が終了し、ひと段落ついた所だが。時期が時期であることには変わりなく・・・わが家は今年は「地元中心」の日程である。

 25日:家かたづけ

 26日:兵庫リレーカーニバル→新旧小学校長を囲む会(パパレンジャー)

 29日:野球当番(3番目)→六甲山+有馬温泉(4・5番目)

 30日:ユーミン・コンサートin会社のビル(女房)

  2日:灘高文化祭(勝谷誠彦講演会:笑)→伊丹空港着陸ポイント(4・5番目)

  3日:リゾ鳴尾浜(3-5番目)、寮生活をする1番目が帰宅(6日まで)

  4日:だんじり(3-5番目)→姫路実家への送り出し(3・4番目2泊:5番目8泊)

  5日:8ヶ月ぶりの完全空白日

  6日:屋上芝の手入れ

  8日:早大競走部関西OB飲み会

  9・10日:女房手伝いに復帰?

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2009年4月23日 (木)

憲法改正(?)論

 自民党が憲法改正の前提となる「憲法審査会」の開催を急いでいるという。

 すでに07年5月には「国民投票法」が成立しており、同8月には衆参両院に「憲法審査会」が設置されているのだが、同法の公布後3年間は改憲案の提出、審査を凍結するということになっていた。

 言い換えれば、今国会で「憲法審査会規定」を議決することができれば、10年5月には同会による「改正?案」の提出が可能になるということらしい。

 北朝鮮の「ミサイル」による国防への関心の高まりをチャンスと捉えた「焼け太り作戦」であることに加え、護憲派、改憲派が入り混じる民主党への揺さぶりという意図もあるのだろう。

 結論から言えば僕は、憲法改正自体は憲法規定に乗っ取ってやればいいが、それが9条の改正?を意味するなら極力慎重であるべきだ、と思っている。

 理由は以下。

 ①   国際的な経済交流・相互依存関係ができている現在、攻撃を受ける可能性があるとすれば北朝鮮のみ。経済関係に加え、多数のビジネスマン・留学生などが双方にいる中国が戦争を仕掛けてくることなどまずあり得ない。

   もちろん近隣諸国とも領土上の争いのような懸念材料がない訳ではない(尖閣列島・竹島・北方領土)。が、それは外交上の課題。そういった意味でも外交をもっとしっかりやらないといけない。

 ②   北朝鮮が実際に攻めてくる可能性はないとは言えないが、その可能性も低い。北といえども合理的な判断ができる国であり、また日本の各都市にも多くの北朝鮮関係者に加え世界中の人々が住んでいるため、本当に何かやるなら世界を敵に回す覚悟が必要である。

      従って、万一の時があるとすれば、その時が今の北の体制が滅びる時になる。日本に攻撃力がなくともものの半日かからずに制圧は可能だろう。今回の議長声明を見ても分かるように、国際社会の目は厳しい。(国連決議に消極的だった)中国やロシアにとっても、最終的には対日関係が対北関係の何倍も重要なものであることは明白だ。

 ③    その基本となるのはもちろん、日米同盟。自民党の片山元大臣が何かの番組   で話していたが、日米は「盾と矛」の形での役割分担だ。自衛隊という形の「盾」さえしっかりしておけば、報復は米軍その他に任せればよい。

   かといって、ただ米国の方針に追従するだけでは駄目。自衛隊をイラクに送り込んだことは明らかな大失敗だった。自衛隊の海外派遣は国連決議があった時のみに限定するという民主党の主張に賛成であり、今の海賊問題についても当然「国会の事前承認」は要ると思う。

 ④ ロシアの脅威がなくなったとはいえ、まだ日本の周辺に物騒な国があることは事実。だから自衛隊の存在は止むをえない。しかし、憲法9条の理想主義は日本が再び軍事大国化しないための歯止めとして重要である。

  平和主義の理想をきちんと掲げつつ、やむない現実に合わせて対応しようという姿勢には恥ずべき点は全くない。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

«「お上」不信